ルサルカ プラハ国立歌劇場

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NOV 2020 Next

ルサルカ Rusalka


作曲:アントニン・ドヴォルザーク

台本:ヤロスラフ・クヴァピル

原作:フリードリヒ・ド・ラ・モット・フケー「ウンディーネ」

初演:1901年3月31日プラハ国立劇場(チェコ)


あらすじ

第1幕

ルサルカは、 森の奥にある湖に住む水の精。ある日人間の王子に恋をし、魔法使いイェジババに人間の姿に変えてもらう。ただし、人間の姿の間はしゃべれないこと、恋人が 裏切った時にはその男とともに水底に沈む、というのがその条件であった。美しい娘になったルサルカを見た王子は彼女を城に連れて帰り、結婚する。

第2幕

その祝宴でも口をきかないルサルカを冷たい女だと不満に思った王子は、祝宴にやってきた外国の王女に心を移してしまう。祝宴の中、居場所をなくしたルサルカが庭へ出ると、水の精によって池の中に連れ込まれてしまう。王子は恐怖のあまり王女に助けを求めるが王女は逃げ去る。

第3幕

森の湖へ移されたルサルカに魔法使いは、元の姿に戻すには裏切った男の血が必要だと語り、ナイフを渡す。ルサルカは王子を殺すことはできないとナイ フを捨ててしまう。ルサルカを探して王子が湖にやってくる。そこで彼は妖精達から自分の罪を聞かされ、絶望的にルサルカを呼ぶ。王子はルサルカに抱擁と口 づけを求める。それは王子に死をもたらすのだとルサルカは拒むが、王子は「この口づけこそ喜び、幸いのうちに私は死ぬ」と答える。ルサルカはもはや逆らう ことをやめ、王子を抱いて口づけ、暗い水底へと沈んでゆく。

プログラムとキャスト

<スタッフ・キャスト>

 

指揮:Jiří Štrunc

 

ルサルカ:Alžběta Poláčková / Pavla Vykopalová

Fürst: Peter Berger / Aleš Briscein / Richard Samek / Richard Samek

水の精の男:Oleg Korotkov / Zdeněk Plech / Römisches Vokel

魔女:Veronika Hajnová / Jana Sýkorová / Andrea Tögel Kalivodová.

謎の外国の王女:Anda-Louise Bogza / Iveta Jiříková / Jitka Svobodová

第1の森の精:Hana Jonášová / Lucie Silkenová.

第2の森の精:Sylva Čmugrová / Jana Horáková Levicová.

第3の森の精:Šárka Hrbáčková / Alžběta Vomáčková Vomáčková

Turnspit: Lenka Pavlovič / Erika Vocelová Jarkovská Jarkovská

森番:Jan Ježek, Ivan Kusnjer

狩人の声:Jiří Brückler / Jiří Hájek / František Zahradníček

 

演出:Zdeněk Troška

舞台装置:Mailand Ferenčík

衣装:Josef Jelínek

合唱指揮:Adolf Melichar

振付:Dana Morávková

脚色:Jitka Slavíková

 

プラハ国立歌劇場管弦楽団

プラハ国立歌劇場合唱団

プラハ国立歌劇場

プラハ国立歌劇場(チェコ語: Státní opera Praha)は、チェコ・プラハにある歌劇場である。
 

1883年、プラハのドイツ系住民がドイツ語の上演を求めて結成したドイツ劇場組合(Deutsche Theaterverein)により、1888年、歴史主義建築様式の劇場、新ドイツ劇場(Neues Deutsches Theater)が創立された。

 

初めの芸術監督ノイマン(Angelo Neumann)の後任にツェムリンスキーが、1925年から1929年の間には、後のウィリアム・スタインバーグ、ハンス=ヴィルヘルム・シュタインベルクが、後任としてジョージ・セル(音楽監督も兼任)もこの職に就き、それぞれがこの劇場で活躍した。歴代の楽長及び音楽監督には、グスタフ・マーラー、カール・ムック、レオ・ブレッヒ、オットー・クレンペラー、ジョージ・セルなど錚々たる顔ぶれが並ぶ。なお、建物としてではなく、当時の関係者の所属先として劇場を指す場合は、新が取れてドイツ劇場、プラハ・ドイツ劇場、または歌劇場と表記されるのが一般的である。

 

1938年9月25日、組合が撤退、この建物はチェコスロバキア国の所有となる。しかし1939年3月15日のドイツ軍のチェコスロバキアの占領、翌16日のヒトラーの布告によりプラハは保護領(ベーメン・メーレン保護領)となった。ドイツ・オペラハウス(Deutsches Opernhaus)と名付けられ、ナチ党の催しや国(ライヒ)の団体が客演した。

 

プラハ蜂起を記念した催しで演劇団体が上演-1945年5月5日『5月5日の劇場』。1947年から48年には劇場にオペラが戻る。1948年、『5月5日の大歌劇場』と名付けられ、この劇場は国民劇場の傘下となる。1949年に『スメタナ劇場』と改名し、1992年に現在の『プラハ国立歌劇場』となった。

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