ヴィーヴァ・ラ・マンマ エステート劇場 オペラ

ヴィーヴァ・ラ・マンマ Viva La Mamma

 

作曲&台本(伊語):ガエターノ・ドニゼッティ

原作:アントーニオ・シモーネ・グラーフィ

初演:1827年11月21日ナポリ

最終稿初演:1831年4月20日ミラノ

 

第1幕

イタリア、とある地方の小都市の劇場。明日の初日を控えて、出演者、スタッフたちが、新作オペラのけいこ中である。出し物は、古代ローマ建国の史実に基づく作品で、題は「ロモロとエルシリア」。
幕あきは、けいこの途中の場面。プリマドンナのコリルラは、かなり調子が出る。が、よくあるハプニング。すなわち、楽譜の欠落部分が指摘され、ひと騒ぎ。台本作者とマエストロが、互いに、自分のせいではないというので、歌い手たちは、気が気でない。しかしだれよりも気をもむ人物。それが実はこの公演の興行主なのだ。
2人の客演者は、頼りない主席テノールのグリエルモと、正体不明のメゾソプラノ歌手ドロテア。一体どういう配役なのだ? そこにコリルラの夫プロコーロの女房自慢も絡んで、騒々しい。が、みなそれぞれ生活がかかっているために、その騒ぎは、肝心のオペラそこのけのアンサンブルとなる。いわば熱気のなせるわざか。
突如、舞台裏から物音。一同驚くところへ、端役ソプラノのルイジアの母親、アガタが登場。たいした威勢の良さだ。が、何と、なじみの酒場での前祝いの一杯機嫌と分かる。だが、アガタとしては、娘がチョイ役では不満足、ぜひコリルラと二重唱を、と望む。
アガタは、プロコーロを、成り上がりとののしる。生活のための菓子売りだ、と、プロコーロは心を打ち明ける。果たせぬ夢を妻に託す夫にとって、妻がプリマドンナの地位を得たのは唯一最大の誇りなのだ。
身につまされる興行主。一方コリルラは新人ルイジアとの二重唱など、まっぴらだと、はねつけ、マンマ・アガタと、けんかになる。「目障りばあさん」「ばち当たり娘」と。アガタは、年をとっても、かつての歌い手。負けてはいない。
揚げ句、片や愛想つかし、片やアガタに歌いのめされ2人の客演者は降りてしまう。背に腹は代えられぬ。プロコーロとアガタが代役と決まる。
そこに届いた一通の手紙。スポンサーであるアガタの伯父からルイジアあてのもので、内容は、興行主のずさんな経営ぶりを察しての警告である。知って騒ぐ歌い手たちをよそに、作者側2人は、芸術至上とやらの、知らぬが仏。
おやまた一件、難題だ。平素ぐうたらの役人が駆け込み、この中にスパイがいるぞ、と、がぜん、居丈高になる。いやはや大混乱、どうなることか?

 

第2幕

舞台は第1幕と同じ、装置はどうにか整いつつある。事件は事件、オペラはオペラだ。だが興行主は、みなの心を知るため、余計に悩み、ひとり頭を抱える風情。アガタが、友として助けようと言っても、娘売り込みの下心など、と、はねつける。
しかし、もともとオペラは、好きでなければ成り立たず、みな、マエストロに従って初演を目指す。裏腹に興行主の悩みは公然となり、借金ゆえの不正会計として役所からの助成打ち切りを言い渡され、加えて、劇場そのものを差し押さえるとのこと。客演の2人、実は会計検査官だったのだ。
一同、オペラも出来ず、飯の食い上げと怒りかつ嘆く。役人も、根はオペラファンだから、どう処すべきか迷う。さすがのマエストロも、ロマンチストらしい夜逃げの算段。いくらなんでも、と、一同途方に暮れる。
ところが、どう奔走したのか、救いの知らせを持ってきたのは、言わずと知れた、マンマ・アガタ。捨てる神あれば拾う神ありだ。が、果たしてその神は何だったのか!?・・・
これで、ドロテアの代役ながら、アガタも、晴れて初演の舞台に立てる。昔、スカラ座で鳴らした貫録、万歳だ! 興行主も、かぶとを脱ぎ、かつ、救われる。
そして、古代ローマの源泉から、市民のための、絶えざるオペラの流れをたたえるように、めでたく幕となる。

プログラムとキャスト

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JAN 1970

エステート劇場

プラハ エステート劇場

エステート劇場は、欧州でも最も美しい歴史的劇場建築の一つです。もともと1783年にフランチシェック・アントニーン・ノスチッツ=リーネック伯爵が建てたもので当時はその名をとって「ノスチッツ伯爵国民劇場」と呼ばれていました。

1798年チェコの貴族であり町の有力者がのすチック家の相続人からこの劇場を買い取り、名称も「エステート(貴族)劇場」に改めさせます。この名は以後 2世紀の間に主にドイツや共産政権の影響により何度か変更されましたが、1989年の政変後、そしてその後の大改装後、プラハはこの建物に再び「エステート劇場」の名を与えましした。

 

オーストリアザルツブルクを中心に活躍した大作曲家、W.A.モーツァルトの代表作オペラ「ドン・ジョバンニ」は1787年10月29日、モーツァルト自身の指揮で、このエステート劇場で初演されました。そのほかにも「フィガロの結婚」を指揮するなど、モーツァルトは何度もステージに立っていますがモーツァルトが自分のオペラを指揮した劇場で、唯一現存する劇場です。

最近では、映画「アマデウス」のオペラシーンのロケに使われたと言われ、モーツァルトファンには必見のスポットです。

 

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