皇帝の花嫁 ボリショイオペラ

皇帝の花嫁 Tsarskaya Nevesta

 

作曲:ニコライ・リムスキー=コルサコフ

台本:イリヤ・フェドロヴィッチ・チュメネフ(ロシア語)

原作:レフ・アレクサンドルヴィッチ・メイの戯曲(同名)

初演:1899年11月3日 スロドゥニコフ劇場(モスクワ)

 

あらすじ

時と所:1572年・モスクワ及び郊外のアレクサンドロフ村

 

第1幕:グリャズノイ邸

皇帝側近の親衛隊員であるグリャズノイは、ノヴゴロドの商人ソバーキンの娘マルファに想いを寄せ求婚したが、既に彼女には昔馴染みの許婚がいると、彼女の父であるソバーキンにこれを断られた。昔は力づくで女性達をものにしてきた雄々しい自分が、この失恋によりすっかり骨抜きになってしまったことを嘆き、グリャズノイは「かつての雄々しさはどこへ消えた 」と歌う。そこへグリャズノイの仲間達が集まってきて、宴会が始まる。グリャズノイの親友マリュタを始め、その他の親衛隊員達、医師のボメーリー、そして中にはグリャズノイの想い人マルファの婚約者、ルイコフの姿もあった。ドイツから帰国したばかりのルイコフは、外国での素晴らしい話を皆に披露する。皆は皇帝を讃え、歌い、乾杯した。宴もたけなわとなり、グリャズノイの親友マリュタが、娘達の歌と踊りが見たいと言い出した。彼は踊りが終わると、今度はカシーラ人から強奪してきた娘、リュバーシャの歌が聴きたいと言う。彼女はグリャズノイの愛人であるが、マリュタが洗礼名付親となっている。呼ばれたリュバーシャはマリュタに「ようこそ名付親のお父様」と挨拶をすると、美しい声で歌い始めた。皆は彼女の歌に感動し、すっかり満足し帰って行った。ただ一人医師のボメーリーだけは、グリャズノイに残るよう言われた。それを不審に思った愛人のリュバーャは、そっと身を隠し二人の様子を窺った。どうしても商人の娘マルファのことが諦められないグリャズノイは、友達のためだと嘘を言って、医師のボメーリーに惚れ薬を頼んだ。ボメーリーは「自分自身で相手の飲み物に薬を入れ、飲む時に相手の目の前にいるのならば効く薬がある」と言った。グリャズノイはその薬に大金を払う約束をし、帰って行く彼を見送った。二人の話を聞いたリュバーシャは、グリャズノイの心変わりを確信し「私は家族も故郷も捨てて来たのに、あなたは最近冷たい。私に飽きてしまったのか!」とグリャズノイを責める。彼は冷たくこれをあしらい、礼拝へと出かけてしまう。リュバーシャは嫉妬の炎を燃え上がらせ、グリャズノイと相手の女との仲を引き裂く決心をする。 

 

第2幕:アレクサンドロフ村のソバーキン邸 

秋の夕暮れ、祈りを終えた人々が修道院から出てきて、皇帝の花嫁選びの噂をしたり、医師のボメーリーの家から出てきた人に「あいつは魔術師だから貰った薬は捨てた方がいい」などと忠告したりしている。親衛隊員も通りかかる。商人ソバーキンの娘マルファと、家政婦のペトローヴナ、友人のドゥニーシャも修道院から出てきた。マルファとドゥニーシャは家の前のベンチに座り、父ソバーキンの帰りを待っていた。その間マルファは、婚約者ルイコフとの馴れ初めをドゥニーシャに語った。そこへ側近と共に皇帝が通りかかり、驚くマルファ達をよそに、マルファの顔をじっと見つめ去って行った。マルファはその恐ろしい眼に圧倒された。そのうち父が婚約者のルイコフと共に帰って来たので、皆は家の中に入って行った。その頃、親衛隊員グリャズノイの愛人リュバーシャは、グリャズノイが夢中になっている女の顔を一目見ようと、こっそりとマルファの家の中を覗きに来ていた。そしてマルファの美しさを見て、益々嫉妬に身を震わせた。リュバーシャはマルファの家のすぐ向かいにある、医師ボメーリーの家を訪ねると、人の顔を徐々に醜くし、衰弱させていく薬はないかと尋ねる。ボメーリーは薬の代金を宝石ではなく、リュバーシャ自身ならばこれを引き受けると言う。一度は断るリュバーシャだったが、このことを愛するグリャズノイにばらすと脅されたうえ、向かいの家からはマルファの楽しそうな笑い声が聞こえてきたので、意を決して薬を注文することにした。ボメーリーが薬を作りに部屋へ入ると、リュバーシャは「何ということになったのだろう!」と困惑する気持ちを歌った。村の通りでは酔った親衛隊員達が、多くの騎士達と共に行列を成し通り過ぎて行った。

 

第3幕:ソバーキン邸 

部屋の中に主であるソバーキン、その娘マルファの婚約者ルイコフ、そしてマルファに密かに想いを寄せるグリャズノイが集まって話をしている。話題は皇帝の花嫁選びについてである。実はマルファもその友達のドゥニーシャも、皇帝の花嫁候補2000人中の12人に選ばれていたので、ソバーキンはルイコフに、結婚を待ってもらっているのだった。しかしドゥニーシャの母サブーロヴァが来て、娘が皇帝から話しかけられたと喜び勇んで話したので、皆はドゥニーシャが妃に選ばれるのだろうと思った。とうとう結婚の儀式ができると喜んだルイコフは、早速式の準備に取りかかる。この時マルファを自分のものにしようと企んでいたグリャズノイは、チャンスが巡って来たとばかりに二人の介添人を申し出て、花婿と花嫁の祝いの杯を用意する。そして花嫁マルファの杯に、こっそりと例の惚れ薬を入れた。ところが薬はすでにグリャズノイの愛人リュバーシャの手により、毒薬にすり替えられていた。何も知らない花嫁マルファはそれを飲みほし、婚礼の儀式に集まった人々は、歌や踊りで二人を祝った。そこへ突然家政婦のペトローヴナがやって来て、皇帝の使いの到来を知らせた。やって来たのはグリャズノイの親友、親衛隊員のマリュタであった。彼は皇帝の花嫁にソバーキンの娘マルファが選ばれたことを告げた。突然の知らせに皆が驚く中、マルファの父ソバーキンはマリュタの前で跪き、深く頭を下げた。幸せの絶頂から奈落に突き落とされた新郎ルイコフは、それを眺めながら顔から血の気が引くのを感じ、当のマルファは、あまりのことに呆然とそこへ立ち尽くした

 

第4幕:皇帝の宮殿 

皇帝の花嫁に選ばれたマルファは、皇妃になってすぐに病で伏せるようになった。父であるソバーキンは、心配で娘の側に付き添った。そこへマルファを自分のものにしようと画策していた男、親衛隊員のグリャズノイが現れた。マルファは起きてくると「私が毒を盛られたという噂は嘘です」とグリャズノイに言った。しかしグリャズノイの口からは、意外な返事が返ってくる。マルファに毒を盛ったのが彼女の元婚約者ルイコフで、グリャズノイは皇帝の命令で彼を処刑したというのだ。まだ心からルイコフだけを愛しているマルファは、それを聞きショックで気を失ってしまった。そして目を覚ました時、彼女は目の前のグリャズノイをルイコフと思い込み、皇帝の花嫁に選ばれた夢を見たと話し出す。その眼差しは幸せに輝いていたが、マルファはもう正気ではなくなっていた。ルイコフとの幸せな日々の中に一人戻ってしまったマルファを見て、宮殿内の人々は胸を痛めた。グリャズノイも、医師ボメーリーの調合した薬が、惚れ薬ではなく毒であったことに腹は立てたが、全ては自分が起こした悲劇。罪の重みに耐えきれず、皆の前で今まで自分のしてきたことを告白した。するとそこへ彼の愛人リュバーシャが飛び出して来て、薬を毒と入れ替えたのは私だと叫んだ。怒りで逆上したグリャズノイが、すぐさまリュバーシャの胸を剣で一突きすると、彼女はこれで本望と言わんばかりに、微笑みながら死んで行く。自分には地獄へ行くよりも辛い罰を与えて欲しいと言うグリャズノイは、望み通り捕えられ、最後にマルファへ向かい懺悔のアリアを歌う。そんなグリャズノイに、マルファは「ルイコフ明日もきっと来てね!」と無邪気な笑顔を向けるのだった。人々が神に祈りを捧げる中、幕となる。

プログラムとキャスト

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ボリショイ劇場

​ボリショイ劇場 (露: Большой театp、英: Bolshoi Theatre、正式名称: 国立アカデミー・ボリショイ劇場 〔Госудаpственный академический Большой театp России〕) は、ロシアのモスクワにある劇場。ロシアを代表するバレエ、オペラ劇場(歌劇場)である。「ボリショイ」とはロシア語で「大きい」を意味し、単純には「大劇場」。ロシア国内のいくつかの都市には複数の劇場が存在し、大きなものをボリショイ劇場と呼び、小さいものをマールイ劇場と呼ぶ慣習がある。ロシア国外では、一般に「ボリショイ劇場」と言った場合はモスクワのボリショイ劇場を指す。

1776年ピョートル・ウルソフ公爵とマイケル・マドックスによってウルソフ公爵邸でオペラやバレエ、ドラマの上演がおこなわれたコトがボリショイ劇場の始めであるとされています。

その後1780年モスクワ・モホヴァヤ通りのパシュコーフ邸を得て、ペトロフカ劇場で演劇とオペラを製作・発表するようになりました。

やがて帝室劇場の管理下に置かれるが、現在のボリショイ劇場の建物を得るまで計3会の火災に見舞われる。1805年の火災でアルバート通りの新アルバート帝国劇場に移転するものの、この劇場も1812年ナポレオンのモスクワ侵略の際、モスクワ大火で焼失しました。

1825年、現在のテアトラーリナヤ広場の敷地にA.ミハイロフ、オシップ(イオアン)・イワノヴィッチ・ボヴェの設計の元建設されます。また、これより早く1824年にボヴェはマールイ劇場(小さい劇場)を建設しています。ボリショイ劇場は1825年1月18日に落成し、当初はロシアの作品のみを上演し、外国人による曲目、作品が上演されるようになるのは1840年まで待たなければいけませんでした。

1853年、このロシア古典主義様式に基づく劇場は火災に遭い、大きな被害を受けます、1856年アリベルト・カヴォスによって焼け残った正面列柱と壁面を生かして改修工事が行われた結果、現在の劇場が完成しました。また、この改修工事の際に正面破風の上に彫刻家P.クロットによる太陽神アポロンの支柱立ての馬車の彫刻に換えられました。

独ソ戦で劇場はドイツ軍の攻撃により被害を受けましたが、すぐに修繕されてました。ボリショイ劇場の施設は、観客席数6層2150席。2002年11月に1000人を収容できる小劇場(ボリショイ劇場新館)が建設された。

2005年7月1日からボリショイ劇場本館は老朽化の進んだホールを修復するため閉鎖され、6年の歳月と200億ルーブル(現在のレートで約470億円)以上を投入し大規模改修が行われた。この間、本館におけるバレエ、オペラは上演が中止され、ボリショイ劇場新館と、クレムリンのクレムリン大会宮殿などで行われた、2011年10月28日に再開。バレエのこけら落とし公演はチャイコフスキーの「眠れる森の美女」が上演されました。

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