眠れる森の美女 マリインスキーバレエ

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JAN 1970

眠れる森の美女

 

作曲:ピョートル・チャイコフスキー

台本:マリウス・プティパ&イワン・フセヴォロシスキー

原作:シャルル・ペローのおとぎ話「眠れる森の美女 」 

初演:1890年1月15日 マリインスキー劇場

振付:マリウス・プティパ

 

【あらすじ】

時と所:17世紀・フランス

プロローグ:宮廷の大広間

城の大広間でフロレスタン王と王妃の娘、オーロラ姫誕生の洗礼式が行われている。祝いの席には姫の名付け親であるリラの精を始め、様々な妖精達が招かれ、各々が姫へ素晴らしい才能や性格といった贈りものを捧げている。<優美の精,無邪気さの精,食べ物の精,歌うカナリアの精(呑気の精),激しさの精(健康の精),リラの精(知恵の精)>
するとそこへ突然不穏な空気が流れ、恐ろしい邪悪の精カラボスが現れた。腰の曲がった老婆カラボスは、自分が式典に招待されなかったことを怒っていた。実は式典長であるカンタルビュットが、カラボスは既に死んでいると勘違いし、彼女への招待状を出さなかったのだ。怒り狂ったカラボスは、姫への贈りものだと言い「オーロラ姫は紡針で指を刺し、命を落とすことになるだろう!」と予言した。しかしリラの精がカラボスを追う払うと「姫は死ぬのではなく百年の眠りにつくだけで、やがて現れる彼女を愛する王子のキスによって目覚めるであろう!」と予言し直した。フロレスタン王は、娘に不幸が降り掛からないようにと、その日以降国中の針の使用を禁止した。

 

第1幕:宮廷の庭

16才になったオーロラ姫は、妖精達の贈りもの通りの素晴らしい娘に成長していた。今日は遠方の国から姫の花婿候補が4人もやってくるということで、宮廷の庭では祝宴が開かれ、村の若者達や子供達が楽しげに踊っていた。途中禁止されているはずの針を持って編み物をしている村娘達に、フロレスタン王が怒り狂う場面もあったが、おめでたい席ということで周りからなだめられ、その日彼女達が罰せられることはなかった。オーロラ姫は4人の王子達からバラの花を受け取りそれぞれと踊ったが、特に心ときめく相手はいないようだった。その後召使い達や王子達が踊っている間に、オーロラ姫の前にバラの花を持った一人の老婆が近付いてきた。姫が老婆から花を受け取ると、そこには長い紡針が隠されていた。針を見たことのないオーロラ姫は、珍しい物だと針を手にして踊っていたが、やがて針は彼女の指を刺し、姫はそこへバッタリと倒れてしまう。すると突然老婆は顔を隠していた布を脱ぎ捨て、邪悪の精カラボスが姿を現した。カラボスは高らかに笑うと、剣を手に斬りかかる4人の王子達をよそに、その場から姿を消した。皆がオーロラ姫の不幸を嘆いていると、そこへ魔法の杖を持ったリラの精が現れ、約束通り姫を死ではなく永い眠りにつかせると告げた。そしてリラの精は城中全ての者をも眠らせ、やがて城は森の茂みの中となる。

 

第2幕:森の中

それから100年の月日が経った。ある日森にデジレ王子と城の貴族達が狩りに訪れた。その中には、酒を飲みすっかりいい気分になった、デジレ王子の家庭教師ガリフロンの姿もあった。彼は狩りに飽きたのか、貴婦人達と追いかけっこなどをしていた。やがて帰る時間となり皆は帰り支度を始めるが、デジレ王子は何故だかその場を離れがたく、他の者を先に帰してしまう。
すると一人になった王子の元へリラの精が現れ、王子にオーロラ姫の幻影を見せる。オーロラ姫のその美しい姿は、将来の夢もなく退屈な毎日を送っていた王子の心を一瞬で捉えてしまった。デジレ王子は逸る気持ちを抑えられず、リラの精にすぐさま彼女の元へ連れて行ってほしいと懇願した。そしてリラの精の用意した真珠貝の舟で、2人はオーロラ姫の眠る森の中の城へと向かった。うっそうと生い茂る森の中に城を見つけた王子は、すぐさまオーロラ姫の眠っている場所を見つけ出し、リラの精に言われた通り、姫を目覚めさせるためにそっと彼女に口づけた。するとオーロラ姫は永い眠りから覚め、城中の者も一斉に甦った。デジレ王子がオーロラ姫に求婚すると、フロレスタン王や王妃を始め、城中が2人を祝福した。

 

第3幕:宮廷の大広間

城の大広間で、デジレ王子とオーロラ姫の結婚式が華やかに行われていた。まずは行進曲にのり招待客、フロレスタン王と王妃、デジレ王子とオーロラ姫が宝石の精達と共に登場する。続いてポロネーズ(ポーランド風舞曲)で赤頭巾と狼、シンデレラ姫とフォーチュン王子、長靴をはいた猫と白猫、親指小僧と人食い鬼、青い鳥とフロリーネ姫が登場。そして4人の宝石の精(金、銀、ダイヤモンド、サファイヤ)の踊りパ・ド・カトル(女性4人の踊り)、長靴をはいた猫と白猫の踊りパ・ド・カラクテール(特徴のある独特の踊り)、青い鳥とフロリーネ姫の踊りパ・ド・ドゥ(男女2人の踊り)、赤頭巾と狼のパ・ド・カラクテール、シンデレラ姫とフォーチュン王子のパ・ド・ドゥ、親指小僧とその兄弟達と人食い鬼のパ・バリアシオン(ソロの踊り)と続く。そしてオーロラ姫とデジレ王子のグラン・パ・ド・ドゥ(主役の男女が踊る4部構成の踊り)の後、招待客全員によるサラバンド(三拍子の荘重な舞曲・スペイン発)が踊られ、皆の祝福の中終曲、アポテオーズ(大団円)となる。(幕)

プログラムとキャスト

フォトギャラリー

ボリショイ劇場

​ボリショイ劇場 (露: Большой театp、英: Bolshoi Theatre、正式名称: 国立アカデミー・ボリショイ劇場 〔Госудаpственный академический Большой театp России〕) は、ロシアのモスクワにある劇場。ロシアを代表するバレエ、オペラ劇場(歌劇場)である。「ボリショイ」とはロシア語で「大きい」を意味し、単純には「大劇場」。ロシア国内のいくつかの都市には複数の劇場が存在し、大きなものをボリショイ劇場と呼び、小さいものをマールイ劇場と呼ぶ慣習がある。ロシア国外では、一般に「ボリショイ劇場」と言った場合はモスクワのボリショイ劇場を指す。

1776年ピョートル・ウルソフ公爵とマイケル・マドックスによってウルソフ公爵邸でオペラやバレエ、ドラマの上演がおこなわれたコトがボリショイ劇場の始めであるとされています。

その後1780年モスクワ・モホヴァヤ通りのパシュコーフ邸を得て、ペトロフカ劇場で演劇とオペラを製作・発表するようになりました。

やがて帝室劇場の管理下に置かれるが、現在のボリショイ劇場の建物を得るまで計3会の火災に見舞われる。1805年の火災でアルバート通りの新アルバート帝国劇場に移転するものの、この劇場も1812年ナポレオンのモスクワ侵略の際、モスクワ大火で焼失しました。

1825年、現在のテアトラーリナヤ広場の敷地にA.ミハイロフ、オシップ(イオアン)・イワノヴィッチ・ボヴェの設計の元建設されます。また、これより早く1824年にボヴェはマールイ劇場(小さい劇場)を建設しています。ボリショイ劇場は1825年1月18日に落成し、当初はロシアの作品のみを上演し、外国人による曲目、作品が上演されるようになるのは1840年まで待たなければいけませんでした。

1853年、このロシア古典主義様式に基づく劇場は火災に遭い、大きな被害を受けます、1856年アリベルト・カヴォスによって焼け残った正面列柱と壁面を生かして改修工事が行われた結果、現在の劇場が完成しました。また、この改修工事の際に正面破風の上に彫刻家P.クロットによる太陽神アポロンの支柱立ての馬車の彫刻に換えられました。

独ソ戦で劇場はドイツ軍の攻撃により被害を受けましたが、すぐに修繕されてました。ボリショイ劇場の施設は、観客席数6層2150席。2002年11月に1000人を収容できる小劇場(ボリショイ劇場新館)が建設された。

2005年7月1日からボリショイ劇場本館は老朽化の進んだホールを修復するため閉鎖され、6年の歳月と200億ルーブル(現在のレートで約470億円)以上を投入し大規模改修が行われた。この間、本館におけるバレエ、オペラは上演が中止され、ボリショイ劇場新館と、クレムリンのクレムリン大会宮殿などで行われた、2011年10月28日に再開。バレエのこけら落とし公演はチャイコフスキーの「眠れる森の美女」が上演されました。

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