仮面舞踏会

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三幕のメロドラマ
音楽:ジュゼッペ・ヴェルディ
台本:アントニオ・ソンマ、台本「ガストーヴ III」または「仮面舞踏会」エウジェーニュ・スクリブによる

 

あらすじ

 

第1幕

第1場

ボストン総督リッカルドを賞賛する人々とそれにまぎれた反逆者たちの陰謀の合唱で幕が上がる。そこにリッカルドが現われ、小姓オスカルが差し出す仮面舞踏会の招待客名簿から、密かに思いを寄せるアメリアの名を見つけ、心をときめかせてロマンツァ「恍惚とした喜びの中で」を歌う。人々が退出して独りになったリッカルドは、物思いにふけりながら「アメリア」と独白するが、その時アメリアの夫レナートが入ってきて狼狽する。しかしレナートは全く気付かず、アリア「希望と喜びに満ちて」を歌い、反対派がリッカルドの命を狙っている、もし万が一のことがあったら……と注意を促す。

そこへ判事がやってきて、人心を惑わせる占い師ウルリカの追放を求めるが、彼女と仲のいいオスカルがバラータ「浅黒い顔で星を仰ぎ」を歌ってウルリカを弁護する。占いに関心を抱いたリッカルドは、心配するレナートを押し切り、人々を伴ってウルリカの所へ行こうと提案する。これに対して反逆者たちは、リッカルドへの暗殺のチャンスと喜ぶ。

 

第2場

ウルリカの家では大勢の信者が集まっている。ウルリカはアリア「地獄の王よ」で不気味な呪文を唱えながら、占いをしている。そこへ漁師に変装したリッカルドがやってくる。占いが始まり、総督に仕える水夫シルヴァーノが自分に出世の芽があるか占ってくれと言う。それに対してウルリカは「金と位がすぐ手に入る」と予言する。これを聞いたリッカルドは、シルヴァーノを士官に任命する辞令と金をシルヴァーノのポケットに入れる。それを見つけてシルヴァーノは大喜び、人々は占いの的中に驚く。

 

アメリアの召使が現れ、主人が内密に占ってくれるよう求めるので、ウルリカは人払いを命じる。そこへアメリアが現われ、夫ある身でありながら総督リッカルドを愛してしまい苦しんでいる、道ならぬ思いを消す方法を教えて欲しいと言う。ウルリカは「郊外の死刑台に生える薬草を深夜摘め」と言う。人の来る気配にアメリアは退出する。しかし、この話の一部始終をリッカルドは物陰で聞いていた。アメリアと実は心が通じていたと知り、私も死刑台へ行こう」と決心する。

 

そして、再び人払いをされていた人々が戻るとリッカルドは舟歌「告げておくれ…」で占いを頼むが、ウルリカは手相から「親しいものの手にかかって死ぬ」と予言する。さらに「最初に握手する者が加害者」と聞いて、周囲の人々は握手を求めるリッカルドに誰も応じない。潜んでいた反逆者たちもウルリカの占いの結果に真っ青になる。そこへリッカルドの身を案じるレナートが現われ、何も知らずにリッカルドと握手する。これを見たリッカルドは、私が忠実なレナートに殺されるはずがないと笑う。そこへ、シルヴァーノを先頭に、総督が来ていると気づいた民衆が押しかけ、大騒ぎとなる。しかし、ウルリカだけはこの中に反逆者がいると見破っていた。

 

第2幕

死刑台にヴェールで顔を隠したアメリアが現われ、アリア「でも、ひからびた茎から」でこの恐ろしい場所で薬草を摘む勇気を!と神に祈る。夜中の12時の鐘におびえるアメリアのもとへ、リッカルドが姿を現し、驚くアメリアに愛を告白し、情熱的に迫る。アメリアもやがて堪えきれなくなり、二重唱「ああ、何と心地よいときめきが」でリッカルドへの愛を打ち明ける。しかし、そこに人が近づいてくる。それはアメリアの夫レナートだった。レナートは、反逆者たちがあなたを狙っている、私とマントを取り替えて逃げて下さい、と勧める。リッカルドは迷うが、アメリアの強い勧めもあってその通りにし、立ち去る。

 

そこへ反逆者たちがやってくるが、総督がすでに逃げたことを知り、腹いせに「総督の愛人」の顔を見ようとして小競り合いになる。それを止めようと仲裁に入ったアメリアだったが、被っていたヴェールが落ちてしまう。レナートは事もあろうに妻が主君と逢い引きしていたと悟って裏切りに愕然とし、反逆者たちはレナートを嘲る。怒り狂ったレナートは総督に復讐を誓い、立ち去ろうとする反逆者たちに明朝屋敷に来るよう言う。

 

第3幕

第1場

屋敷に戻ったレナートは妻の弁明に耳を貸さず、冷たく死を命じる。死を覚悟するアメリアは、アリア「私は死んでまいりましょう。でもその前にこの願いを」で子供との別れを求める。レナートは妻の願いを受け入れ、アメリアは退出、その後レナートはアリア「おまえであったか、この魂を」でリッカルドの裏切りに憤り、妻との幸福だった生活を懐かしむ。そこに反逆者一派のサムエルとトムが訪れる。レナートは2人の陰謀を察知していたが、陰謀について総督に報告しない代わりに総督の暗殺を引き受けると言う。しかし、サムエルとトムも自分が暗殺をすると言って聞かない。くじ引きで選ぶことになり、名前を書いたカードを壷に入れ、仮面舞踏会の招待状を持ってオスカルが来たことを告げるアメリアにくじを引かせる。かくして、暗殺はレナートが行うことになった。喜ぶレナートにリッカルド暗殺を直感したアメリアだったが、これをリッカルドに知らせるべきか迷う。

 

第2場

アメリアとの交際が露見したとも知らず、リッカルドはアメリアを諦める決心をし、レナートとアメリアを本国に帰す辞令に署名する。アリア「もしも、私が永遠に」で、アメリアのことは美しい思い出にしようと歌う。そこへオスカルが、見知らぬ女性からと手紙を差し出す。仮面舞踏会の日に総督の暗殺が計画されているという内容で、この手紙を書いたのはアメリアだった。しかし、逃げることを嫌ったリッカルドは、舞踏会への出席をオスカルに告げ、もう一度アメリアに会おうと決心する。

 

第3場

華やかな仮面舞踏会の会場に暗殺者3人組が現れる。レナートはオスカルに総督の扮装を聞き、勘のいいオスカルはうまくはぐらかすが、大事な話があるというレナートに結局は教えてしまう。リッカルドが会場に現れるが、アメリアが近寄り、危険だから立ち去るように言う。リッカルドはアメリアに本国に帰るよう言い、別れを告げる。しかし、そこへレナートが近寄ってリッカルドを刺す。総督が刺された、と仮面舞踏会の会場は騒然となるが、リッカルドは倒れながらも皆を制し、レナートにアメリアが潔白だと告げて、懐から本国への帰国と栄転を記した辞令を渡す。呆然とするレナートを尻目に、リッカルドは事件の関係者の特赦を言い残し、民衆への別れの言葉を最後に息を引き取る。

プログラムとキャスト

イタリア語のオペラ(イタリア語と英語の字幕付き)
上演時間: 約3時間、休憩あり

 

指揮者 | Pinchas Steinberg
演出 | Massimo Gasparon(Pierluigi Samaritaniのアイデアに基づく)
舞台美術と衣装 | Pierluigi Samaritani
照明 | Andrea Borelli
振付 | Roberto Maria Pizzuto

 

出演者
リッカルド | Piero Pretti (4, 8, 11) / Vincenzo Costanzo (5, 10)
レナート | Ludovic Tézier (4, 8, 11) / Ernesto Petti (5, 10)
アメリア | Anna Netrebko (4, 8, 11) / Valeria Sepe (5, 10)
ウルリカ、占い師 | Elizabeth DeShong♭
オスカー、ページ | Cassandre Berthon♭
シルヴァーノ、船乗り | Maurizio Bove #
サミュエル、伯爵の敵 | Romano Dal Zovo♭
トム、伯爵の敵 | Adriano Gramigni
裁判官 / アメリアの使用人 | Massimo Sirigu♮

 

♭ Teatro di San Carloでのデビュー
♮ Teatro di San Carloの合唱団
# Teatro di San Carloアカデミー

 

Teatro di San Carloのオーケストラと合唱団
合唱指揮者 | Fabrizio Cassi

 

Teatro Regio di Parmaの制作

サン・カルロ劇場 ナポリ

 

 

サン・カルロ劇場はイタリア・ナポリにある歌劇場で、劇場としてはヨーロッパで現役最古のものである。資金不足のため1874年-1875年のシーズンが中止された以外、定期公演が中止されたことがない点でも特筆される。

サン・カルロ劇場は、ナポリに劇場があることを望んだブルボン朝ナポリ王国の初代王カルロ によって建造された。開場は1737年11月4日、演目はピエトロ・メタスタージオ台本、ドメニコ・サッロ音楽のオペラAchille in Sciroであった。この時サッロはオーケストラの指揮も行い、幕間にはグロッサテスタの2つのバレエも演じられた。この劇場はその建築、金装飾、および豪華壮麗な青色(ブルボン家の色であった)の布張装飾で有名となった。

1816年2月12日、サン・カルロ劇場は火事により焼失するが、両シチリア王フェルディナンド1世の命により僅か10か月にして再建される。現在の建築はこの再建建築と基本的には同一であり、変化はヴェルディの提案したオーケストラ・ピットの設置(1872年)、電気照明の導入および中央シャンデリアの撤廃(1890年)、入口ロビー並びに楽屋棟の建築、に限られている。

1817年1月12日、再建された劇場はマイールの「パルテーノペの夢」(Il sogno di Partenope)で再オープンする。スタンダールはこの公演の2夜目を聴いており「ヨーロッパのどこにも、この劇場に比べ得るどころか、この劇場の素晴らしさの足許に及ぶところも存在しない。ここは人の目を眩惑し、ここは人の魂を狂喜させる」と書き記している。

1815年から1822年まで、ロッシーニはこのサン・カルロ劇場を含めたナポリ王国全ての王立オペラ劇場の劇場付作曲家・兼音楽監督であり、「オテロ」「湖上の美人」を含む9つのオペラがこの時期書かれた。

ジュゼッペ・ヴェルディもまたこの劇場と縁深い一人である。必ずしも彼の傑作とは言いがたいが、「アルツィラ」および「ルイザ・ミラー」はサン・カルロ劇場のために書かれた作品である。「仮面舞踏会」も本来はこの劇場のためのオペラだったが、スウェーデン国王が暗殺されるという筋書自体が王国であるナポリでは検閲で不許可とされ、舞台をアメリカ・ボストンに、初演地もローマに変更しての公演となった。

20世紀に入って、サン・カルロは革新的な支配人アウグスト・ラグーナを迎える。彼は1920年からの10シーズンをすべてワーグナー作品で開幕するという、当時のイタリアでは異例のプログラムを組み、またリッカルド・ザンドナーイ作曲、ガブリエーレ・ダンヌンツィオ脚本のオペラ「フランチェスカ・ダ・リミニ」などの新作オペラの初演にも熱心だった。

第二次世界大戦で大きな損害がなかったことも幸いして、サン・カルロ劇場は戦後いち早くイギリスへの引越公演(1946年)を行うなど、オペラ劇場としての機能を回復した。その革新的伝統は戦後も継続し、たとえばアルバン・ベルクの「ヴォツェック」のイタリア初演(1949年、カール・ベーム指揮)などが行われている。

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