ウィーン交響楽団 ウィーン楽友協会

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プログラムとキャスト

2026年1月14日・15日
ウィーン交響楽団
アレクサンダー・ソッディ(指揮)
オーガスティン・ハーデリヒ(ヴァイオリン)

 

プログラム
リヒャルト・ワーグナー
歌劇 トリスタンとイゾルデ より 前奏曲とイゾルデの愛の死

 

セルゲイ・プロコフィエフ
ヴァイオリン協奏曲第2番 ト短調 作品63

 

– 休憩 –

 

エドワード・エルガー
管弦楽のための変奏曲 エニグマ 作品36

 

 

2026年1月17日と18日
ウィーン交響楽団
ペトル・ポペルカ、指揮者

 

プログラム
グスタフ・マーラー
交響曲第7番 ホ短調

 

 

2026年2月25日と26日
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ペトル・ポペルカ、指揮者
ルーカス・ユッセン、ピアノ
アルトゥール・ユッセン、ピアノ
ミハエル・ヴラダール、打楽器
トーマス・シンドル、打楽器

 

プログラム
ベーラ・バルトーク
2台ピアノ、打楽器、オーケストラのための協奏曲 Sz 115

 

– 休憩 –

 

リヒャルト・シュトラウス
アルプス交響曲 作品64

 

 

2026年3月18日と20日
ウィーン交響楽団
ロビン・ティチアティ、指揮者
アリーナ・イブラギモワ、ヴァイオリン

 

プログラム
レオシュ・ヤナーチェク
賢い狐。オペラ「リスキー・ビストルウスキー」よりスイート
ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲(「魂の旅」)

 

ラルフ・ヴォーン・ウィリアムズ
空を舞うヒバリ

 

– 休憩 –

 

アントニン・ドヴォルザーク
交響曲第8番 ト長調 作品88

 

 

2026年4月25日と26日
ウィーン交響楽団
ギエドレ・シュレキュテ、指揮者
アントワーヌ・タメスティ、ヴィオラ

 

プログラム
ジョン・アダムス
高速マシンでの短い乗車

 

ベーラ・バルトーク
ヴィオラとオーケストラのための協奏曲

 

– 休憩 –

 

エクトール・ベルリオーズ
幻想交響曲 作品14「アーティストの生涯のエピソード」

 

 

2026年4月29日と30日
ウィーン交響楽団
サントゥ・マティアス・ロヴァリ、指揮者
キリル・ゲルシュタイン、ピアノ

 

プログラム
レナード・バーンスタイン
ミュージカル『オン・ザ・タウン』より3つのダンスシーン(「グレート・ラヴァー」「ロンリータウン」「タイム・スクエア」)

 

セルゲイ・ラフマニノフ
パガニーニの主題による狂詩曲 ピアノとオーケストラのための 作品43

 

– 休憩 –

 

ジョージ・ガーシュウィン
ラプソディ・イン・ブルー
アメリカン・イン・パリ

 

 

2026年6月10日と11日
ウィーン交響楽団
クリスティアン・ウルバンスキー、指揮者
シェク・カネ・メイソン、チェロ

 

プログラム
ドミトリー・ショスタコーヴィチ
スケルツォ 嬰ヘ短調 作品1

 

エドワード・エルガー
チェロとオーケストラのための協奏曲 ホ短調 作品85

 

– 休憩 –

 

イーゴリ・ストラヴィンスキー
春の祭典。異教徒のロシアの映像、「春の犠牲」

 

 

2026年6月13日と14日
ウィーン交響楽団
ウィーン音楽友協会合唱団
ペトル・ポペルカ、指揮者
ユリア・クライター、ソプラノ(「ペリ」)
アンドリュー・ステイプルス、テノール
マリー・スモルカ、ソプラノ
ウィブケ・レムクール、アルト
パトリック・グラール、テノール
マティアス・ゲルネ、バス

 

プログラム
ロベルト・シューマン
楽園とペリ。ソリスト、合唱団、オーケストラのためのオラトリオ 作品50

フォトギャラリー
Wiener Symphoniker
Peter Rigaud
© Peter Rigaud
Wiener Symphoniker - Musikverein Wien
Wolf-Dieter Grabner
© Peter Rigaud

ウィーン楽友協会

ウィーン楽友協会(ドイツ語:Wiener Musikverein(ヴィーナー・ムジークフェライン))は1812年設立されたオーストリア・ウィーンにあるクラシック音楽関係者による団体およびその本部の建物。日本では「楽友協会」と呼ばれることが多い。
大ホールは1870年に建設された。通称「黄金のホール」と呼ばれ、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地として知られる演奏会場である他、同じ建物に資料室や出版社、ベーゼンドルファー(ピアノメーカー)などが同居している。
協会の19世紀のメンバーには大作曲家ヨハネス・ブラームスなども名を連ねている。特にブラームスは協会主宰のコンサートで指揮を振り、小ホールで自身のピアノ作品の初演を行なっている。このため1937年に彼の功績を称え、小ホールが「ブラームス・ザール」と名づけられた。現在のメンバーにはロリン・マゼール、アルフレッド・ブレンデルなど。
 

楽友協会大ホール

 

「期待が如何に大きかろうとも、ひとたび足を踏み入れれば誰でも、目を奪うホールの美しさ、絢爛豪華な細部の装飾に圧倒される。」これはムジークフェラインのオープニングを報じた新聞の一節で る。落成を記念する最初のコンサートが催されたのは1870年1月6日のことで った。

実際、当時の人々が受けた印象は圧倒的なもので ったに違いない。音楽評論の法皇とも言うべきエドワルト・ハンスリックにとっても、大ホールの与える印象は強烈で、苛立った彼は「コンサートホールとしては絢爛豪華過ぎるのではないか」と問い掛けているほどで る。”至る所から黄金と色彩が沸き上がってくる…”この華麗な内装は、その豪華さに恐れをなした禁欲主義者ハンスリックが推定するように、音楽への集中を妨げるもので ろうか。それとも、今日に至るまで多くの音楽ファンが感じているように、全く反対の効果、即ち音楽への集中を助けるもので ろうか。

 

 

 

 

 

ブラームスホール

 

「誇張せず簡潔に表現すれば、これは我々が地球上で知る限り、最も美しく、最も豪華で、最も晴れがましい室内楽ホールであ る」――1993年10月、巨額を投じて修復されたブラームス・ホールが再び市民のまえに姿を現わしたとき、ウィーンのあ る日刊紙はこう評している。

大 ホールと異なり、ブラームス・ホールは歳月とともに大きく様相を変えてきた。如何なる経過で、いつごろからブラームス・ホールが1993年以前のやや寂れ た状態になったかは不明のままであ った。唯一確かだったのは、かつてのホールが全く異なる外観だったに違いないという事実だけであ る。「楽友協会新建築の工事と落成に寄せて」という記録文書の中で、当時まだ小ホールと呼ばれていたブラームス・ホールは「小さな宝石あ 」と称えられている。「愛すべき小ホールは大ホールと著しい対照を示している。その落ち着いた雰囲気とシンプルな品位は、正に特筆に価する…」

 

 

 

グラス・ホール/マグナ・オーディトリウム

 

コンサートから豪華な祝宴まで。グラス・ホール/マグナ・オーディトリウムは、4つのホールのうち最大であ るばかり でなく、最もレパートリーの広い催し物会場です。

ステージは移動式のため、極めて短時間のうちに、コンサートホールが会議センターに、映画館が舞踏会場に早変わ り。普通のステージをファッションショーの突き出し舞台に変えるもの簡単です。また大型の映像プロジェクターは、 半ば演出されたプログラムに最適です。

グラス・ホール/マグナ・オーディトリウムは、ウィーンの建築家ウィルヘルム・ホルツバウアーによって設計されまし た。高さ8mで、ギャラリーを含め380人分の席があ ります。

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